木浦が開港された1900年ごろ、ここは日本の領事館として設立されました。
休日は正面の門が閉まっており、入れませんが、裏側の門は開放されており、
外観のみなら、自由見学できます。
建物の裏側に回ると、奉安殿跡があり、建物の調度裏の山腹に防空壕が
残っています。
奉安殿は残っておらず、その痕跡と、日本語でもあったことを解説する
説明板があるのみです。
日本国天皇を崇め、軸語を奉り、韓国の人に則氏改名神社参拝を強要
していた場所でした。
防空壕は、第2次世界大戦時、アメリカ軍の空爆と上陸に備える為に
作られたようです。この防空壕は高さ2m幅3.3m、長さ82mあると説明が日本語であります。
木浦に残っている防空壕で最も長いとの記述もあります。
また、裏口の左手側に倉庫らしき建物がありますが、いつの時代のものかはわかりませんでした。
木浦の歴史を知る上で、重要な建物です。