かつて三つの王朝の王宮として使われてきたピッティ宮殿は、現代になってから、パラティーナ美術館、近代美術館、銀器博物館ら5つの美術館や博物館を抱える美術館として機能している。このなか、一番人気の高いところは無論パラティーナ美術館である。宮殿の最も重要な部分、ファサード側の六つの広間と、後ろ側の北翼にあるメディチ家大公の冬の居室を構成した各部屋は絵画の展示場所として利用され、1828年頃ロレーヌ家の大公レオポルド2世の治世化によって一般公開されるようになった。もともと宮殿だったこともあり、建物内部の装飾と構造自体にまず見どころが多く、更に壁一面に飾られた大小さまざまな名画を見ると、もう贅沢としか言いようがない。ラファエロ、ルーベンス、リィリッポ・リッピ、ティツィアーノ、アレッサンドロ・アッローリ、カラヴァッジョ・・・16世紀~17世紀の絵画巨匠の絵がここにずらりっと並べている。ウッフィッツィ美術館のように、家系や年代別とかに分類されていないため、名作を見逃したりしないようにするには集中力が必要かも。天井に太陽の車と人類に火を与えるプロメテウスを主題とするジュゼッペ・コッリニョンの美しいフレスコ画(1830-1840年頃)で飾られるプロメテウスの間に、フィリッポ・リッピの「聖母子と聖アンナの生涯の物語」(1450頃)が目線が届きやすい中心の位置に掛かってある。この直径135cmの板絵はフィリッポ・リッピ唯一のトンドであり、15世紀に製作された最大のトンドの一つだといわれている。玉座に座る聖母が受難と死を象徴するざくろを摑む幼子キリストを膝に抱いて、その後右側にアンナとヨアキムの黄金門での出会い、左側に聖母誕生の場面が描かれている。アルスの間を飾るピーター・ポール・ルーベンスの「戦争の結果」(1637-1638)。画像は小さいが、実物は206×345cmの巨大作品。復讐の女神に引かれて戦いに身を投じようとする軍神マルスを、ヴィーナスが引き留めようとする場面。ルーベンス晩年の傑作。サトゥルヌスの間に掛かってある、ルネッサンス期に描かれた聖母の頂点を極めたと言われるラフェエロ「小椅子の聖母」(1516)。ラフェエロの最も名高い宗教画で、唯一のトンド形式の作品である。金色に煌く額縁が非常に目立つが、それにしても聖母の美しさが何よりも輝かしい。柔らかい顔の輪郭線と少女のような可憐なる目線。そして、とても気になるのが聖母の着衣。どこかの民族衣装を思わせる模様は他の聖母子図と違うように感じる。同じサトゥルヌスの間に飾ってある「大公の聖母」(1506)。ラファエロが創作した一連の聖なる群像図にもっともシンプルでありながら最も美しき聖母の1作である。陰影に満ちた像が暗い背景に浮かんで静謐感が溢れる。ちなみに、辻仁成の「冷静と情熱のあいだ」のなか、順正がこの「大公の聖母」から自分の理想の聖母の姿を見出して毎日のように見に来ているというエピソートが書かれていた。