こちらは豊国神社門の目の前にあり、鼻塚とも呼ばれています。秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役1592年~1598年)のうち、慶長の役で戦功の証として討ち取った朝鮮・明国人の耳や鼻を、削ぎ落とし持ち帰ったものを葬った塚。要するに生首を持ち帰ると大変な嵩になってしまうため、そういうことになったんだとか。っていうか、2万人分の耳と鼻が埋められているって凄いですね。
記事最終修正日時2013.03.07 07:58
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