花蓮県の吉安(吉野)から南下すると、日本風の地名が多くなる。真鶴、玉里、瑞穂など、あげればきりがない。この辺は、人口密度が低かったので、日本統治時代に、台湾に入植した日本人はこの辺に村を開いたのだ。今回訪れた「豊田」も、そんな村のうちのひとつで、日本時代の民家、神社などが残っているところ。吉野が、吉野川の氾濫で故郷を追われた徳島県出身者に開拓されたように、豊田も愛知県出身者によって開拓されたのかもしれない。日本人は戦後ブラジルに移住したり引き上げたりしたので、現在その日本家屋を使っているのは外省人、客家人と台湾原住民である。豊田は花蓮市から約25キロ離れた花蓮県寿豊郷にある。豊田で有名なのは、日本警察の派出所を改造した郷土資料館と、神社の鳥居を再利用した、中国寺院の門。この寺院は、本堂を中国仏教風に改築した以外、神社の時のまま。また、ローカル線の駅もいかにも日本風。このほか、花蓮には、日本人が遺した地名や建物が、今でもあちこちで健在。また、台湾東部は、言語の種類が多いため、地元のお年寄り同士で日本語で意思の疎通を図っているのをよく目にする。家で年寄りが話しているのを毎日聞いているため、中国語世代でも、日本語が多少わかる人も多い。